信じ過ぎると気づかない

私たちは、色々なことを信じていますよね。
これを食べたら健康になる。
これをしないと肥満になる。

男は・・・で、女は・・・。
警察は市民を護ってくれている。
偉い職業と偉くない職業がある。

大企業が終身雇用できません宣言をしたり、副業を認めたりするようになった今“寄らば大樹の陰”という信仰も成立しなくなりました。

味噌汁と白米、焼き魚に納豆や海苔という日本食だなぁ〜と感じるメニューですが、納豆は朝ではなく夜食する方が健康に良いなんて言われるようです。

「やっぱり朝はトーストだよね」だの、「パスタはアルデンテで!」だの言って満足していても、麦系粉物を控えただけで頭痛が無くなったりでっぷりしたお腹がシュッとなったりするとか・・・。

人間、というより身体意識は、同じことを繰り返すことが大好きなのです。
同じことを繰り返すことが安心で安全だとメモリーする性質があります。

だからもう不要だと解っていても「いつか使うかもしれない」だの「いつか役立つに違いない」だのと言って処分できず、右から左に移動させるだけの片付けをしてしまったり・・・。

昔は必要だったのです。
ランドセルだって、修学直前はウキウキして何度も背負ってみたりしたという方もいるでしょう。

でもやがてランドセルは、投げられたり、しゃがんだときの椅子代わりにされたりします。
※していない人もいっぱいいると思いますが。

中学校に進学するとランドセルは見向きもされません。
それ以降、あんなにキラキラしていたランドセルの行方を知らない人も少なくないのでは?

信じるものも、成長と時代変化によって変わってきているとは思います。

子どものころ、私たち弟妹はボイラー室にはガメラが住んでいると信じていました。
暗くて鼻をつくような油の匂いがして、何よりも銀色で網に包まれた太くて長いものが奥にあってゴォ〜〜と重低音が鳴っている・・・、メチャクチャ怖かったのを覚えています。

私たちはどんなに興味をそそられても、ボイラー室には近づきませんでした。

危険な場所に子どもが近づかないよう大人が(祖母ですが)まことしやかに語っただけなのです。
あ〜昭和の子どもたちのナント単純で清らかだったことか(爆

思考や習慣について、
かつては必要だったけど、今や不要となったのに後生大事にしている場合、魔法使いマーリンはこんな風に言います。

「ねえ、まだランドセル背負い続ける?」

大して役に立たず、むしろ問題のタネとなっている思考や習慣。
これがず〜っと根付いているのは、身体意識がいつものように同じことを繰り返すと安心するからなんです。

そのことを知っていたとしても、私たちは変わることを恐れます
長年信じてきた概念は、自分の一部だと誤認しているから・・・。
変わるなんてことが起きようものなら、全身全霊で抵抗します。

UFOだって、随分前から現れたり交信したりしているのでしょうが、私たちはSFやホラー映画のイメージだけを信じているだけなのかもしれないのです。

「変わりたい」と口で何億万回言っても、変わらないのは怖いからです。

「金星人が、コレ食べると光るって言ってたよ」
「え、ホント?じゃあ、私も」
な〜んて会話、面白がっても受け容れたいと心から思っている人はごくごく少数です。

痩せたいけど食べたいって、思いますもんね〜。
「ホント、人って変わらないよね〜」と言いながら、またお菓子を食べるのです(爆、爆・・・


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