嫌なら変えるしかない

私たちの今ある状態は「こうなりたい」と思考し、そういう想いという意識を持ち続けた結果です。あるいはそういう思考に度々アクセスしてきた結果というか・・・。

だから現状に不満を感じたり嫌だと思うのなら、自分の想いという意識を変えるしかありません。とはいえ、容易ではありません。というかめっちゃ難しいし面倒です。

この社会に暮らし生きているだけで、言葉や音、映像や静止画など五感が感知するすべてから影響を受けていますが、もっとも多くしかも無意識に影響を受けているのが他者やその塊の集合的な意識という「思考」の波です。

思考はそれそのものに色も匂いも音もありませんから、(そのうちできるようになるかもしれませんが)現状では水面に石を投げたときに見ることのできる波紋を観測することはできません。目視することのできない全方向に影響する思考という波はかなりパワフルで、類は友を呼ぶと言われるように似た周波数の方向へとガッツリ誘引します。

便利な暮らしも素晴らしいのですが、忙しさの合間に空を見上げ、風の運ぶ香りを感じ、喉を潤す水がどう身体に流れているか微細な感覚を感じるなどすると、ほんの少しだけでも閉ざしていたセンサーが蘇ると思います。疲れたとき、癒されたいとき、自然に触れたいと思うのは、不自然な状態を調整しようとする寝返りのような作用かもしれませんね。

意識や生命を探求する人たちは自然の氣という微細で強大な波を感じるプラクティスを行います。容易ではないと知っていて尚「そうしよう」という想いという意識を行動に表すとき、担保の無い覚悟をします。丸腰で飛び出す。

はい、怖いです。とても。オバケとか天災とかより怖い。もしかすると死ぬことより怖いかもしれません。
そのくらい日常化した想いという意識は強烈なパワーを持っているので、変わるのは難しいのです。

だからいつまでも変わらない(とあなたが認識する)人を責めたり嫌がったりする必要はありません。
そんなことより自分は変えたのか!?
「ウッ・・・・・」
※いや、自分はちゃんとやってるからコレでいい(心の声)
この心の声がヘビーアクセスしている領域です。だからメビウスの輪のようにグルグル回ることができます。変わることが怖いのは全人類共通。善いも悪いも上も下もないのですけど、そうしちゃいます。

嫌なら、アクセスする意識の周波数を変えるしかありません。