昨年、魔女友のアイディアで実施した年間リーディング、好評だったので
引き続き2012年もやることにしました。
近々、詳しい内容をアップしますね。
というわけで、受付をスタートするよん、という予告でーす。
Recently in Akashic Records Category
夜眠りに落ちるとき、意識を保っていると楽しいことが起きます。
私は、神秘学校に行ったり(ハリーポッターみたいだ)、パラレルワールドにお邪魔したり
アカシャに行ったりしています。
夕べ、あることを研究している別の人生を観察しました。
その研究に本気で人生を捧げているという姿を見ながら、その感覚がなんともリアルで、
共に研究しているパートナーへの信頼や育まれているパートナーシップを
とてもリアルに感じ、いつまでもそのフィーリングが残っていました。
ふーん、へえぇーってかんじでもあるんだけど、面白い体験です。
久々に行った。
KnowingSchool2期生の仲間と話していた流れで、やろうということになり、
2期生とアドバンス、両方のフォーラムに投げかけただけだったので、6名の参加。
それでも、内容の濃いものだった。
目から血を流すような勢いで13カ月を共に過ごした仲間とは、言葉に尽くせぬ
シンパシーが存在している。
「Rayさんってね、カマトトなんじゃない?と思ったけど、本当に本人が解ってなかったのよ」
と、努力することが常になっていた私のことが話題になっても、
あははははってなかんじだ。
実際にそうだったのだし。
そうで在った私のことを、見守って受け入れてくれた人の言葉が空気みたいだった。
こうして顔を突き合わせて、実際にお題を出し合って読み合ってみる。
この練習は、これまでに何度となく行ってきたことだが、本当に勉強になる。
実施する意図をみんなで決めて、個人の意図も設定し、私たちは
2期生とかアドバンスという枠組みを超えて触れあうことができた。
エッジ・・・、不要だよね。
参加してくださった皆様。お疲れ様でした。
本当に楽しかったね。
また是非練習会を行いましょう。
ウイークリー・リーディングで火がついたのか、最近これまでと違った角度からの
リーディングがとても楽しく感じられます。
その楽しさから、2010年ってどんな年なのだろう?
みたいなことを大雑把にリーディングしてみたのです。
アカシックを読むとき、タイミングを示す象徴となるものの断定が難しいなと感じるのですが、
2010年という年にフォーカスすると、一つの流れのようなものがあり、
その波は2006年の後半くらいから起こり始めたような気がします。
時代の変化に伴って、価値観や目的のような、人生を支えるベーシックなものが変化し始め
2009年冬くらいまでに一連の動きが終息。
その終息の仕方が種となって、2010年が展開されていくような雰囲気を感じました。
数秘術の観点から見ると
”11”という霊的な意味でも特別な数と、二極性を象徴する”2”そして修了させる”9”という
数を持っていた昨年。
二極性を”ゼロ”というスタイルで一つにまとめ上げ、次のステージへの最初の一歩を踏み出す。
そんな要素満載の2010年というかんじです。
また、日本においては昨年からの政権交代という、大きく変わることを経験し、
これまでのやり方ではどうもうまいコトいきまへんなぁ、そうでんなぁってことで
経済不況といわれる状況をいっぺんみーんなで経験しているということのような・・・。
じゃあどうせーっちゅうねん!?
という苛立ちが、蔓延していると思うのです。
その苛立ちは、気持ちよくないし、楽しくもない。
だけど、エネルギーは単にエネルギーなので、その一見ネガティブに感じる”苛立ち”ってやつで
溜めたエネルギーを使って、どげんかせんとイカン!!、変わろう、変わりたい、という次の
ウエイヴを造るのだというとてもエネルギッシュでインパクトのあるものを感じました。
今年造られたウエイヴは2012年までに、どんどん大きくなるようです。
ポイントとなるのは、個の変化する質だと感じます。
有名無名、職業や年齢に関係なく、一人ひとりが自分自身をどうとらえるのか、
どうありたいのか、ってとこでしょうか。
生命の息吹への感謝、自分の責任を取ること・・・、要素は色々ありますが、
”寄らば大樹の陰”的な在り方を求めても、それは既にどこにも存在しないという気がします。
”変わる”ということを、大きくとらえ過ぎると、ストレスになるかもしれませんが、
個人レベルでできることは無数にあるように思います。
食事のときよく噛む、心を込めて挨拶する、人や物事のせいにしない、とか、
道徳や倫理に関わるようなことかもしれませんが、毎日の生活の瑣末なことだからこそ
変えていけるし、その変化によるエネルギーがある一定のところまで増えれば、
ポンとシフトチェンジしちゃうという後押しが起こる。(引き寄せる??)
こんなかんじでした。
初めてNew千春に出会った日、彼女がプレゼントしてくれたポストカード。
それにはケルトの石板のようなものが描かれていた。
なんとなくそれを見ながら瞑想していたら、ケルトの時代に転生していたときの記憶が
だだだだだだ・・・・っと鮮明に蘇り、縄っていうかロープっていうか、とにかくソレが
ウニウニと動き出して模様を造り始め、しばらくするととても立体的で美しい形となった。
私はその辺にあった紙にそのデザインを描き起こし、眺め、更にアウトラインをきれいに
していたら、その形をペンダントヘッドにしたくなって・・・・。
でも、今時プラチナやゴールドでは高いものになってしまうよなぁ・・・・、なんて思案していたら
シルバーならというアイディアが降り立ってきた。
そうこうしていたら、作ってくれる人がいて、できちゃいました
シルバーアクセサリー。
とてもステキです。4つのデザインをひとつひとつリーディングもしちゃった。
ああ、なんて楽しいのでしょう。
アカシックレコードというものは、言葉になんかできないくらい本当に奥深いものです。
共に神秘学を学ぶ仲間と久々に行ったリーディング練習会は、楽しいものでした。
人に得意不得意があるように、リーディングする際もその人独自の傾向というものが出ます。
視覚的に情報を得る人もいれば体感を通して情報を得る人もいます。イメージやシンボル
を先ず受取るという人もいます。声が聞こえたり匂いを感じたり、本当に様々。
だから信頼関係のある仲間とリーディングを行っていると、一人でリーディングしているときと
違った発見と情報の奥行き感が感じられます。
アカシャからの情報はトレーニングしていない人でも得ていますが、
意図を持ってトレーニングを受けた同じ志しを持つもの同士で行うのはお互いのサポートにも
なるし、情報の確かさを確認することもできる。
仲間がいるっていいよね。
アカシックレコードをリーディングし合うってことで、集いました。
とても有意義だったし、すごく参考になります。
アカシャの情報は、某大過ぎて通常はとてもじゃないけどその情報量に圧倒されてしまう。
気を確かにもったまま、質問を投げかけると、ちゃっちゃとお返事が返ってくるのだが、
意味不明の図形だったり、身体感覚だったり、見たことも無い風景だったり・・・・・・
だから自分がリーディングした内容を確認できる場があるっていうのはとっても助かる。
同じ情報をどう表現するかっていうのも参考になるしね![]()
しかし、今日の会の一番の収穫は、子どもたちの乱入だ。
4歳のさわちゃんから始まって、2ちゃいの??クン、?歳の??くん。
私たちが陣取っていた、ツル草のからまるオベリスク風のベンチにかれらは次々とやってきては
純粋で、くったくのないエネルギーを惜しげもなく放射してくれた。
一緒に居た魔女っこ仲間と夢中になって遊んで話して、
彼らが放射する純粋さのシャワーを浴びながら純粋性を思い出すボタンを押してもらっていた。
「また遊ぶ?」というさわちゃんと、夢で会う約束をしたから今夜寝るのがとっても楽しみだ。
不意に訪れた純粋性のお手本。しかも束になって・・・。
なんてラッキーで、幸せなのだろう。ワクワクした気持ちが今も止まらない。
もう6月になってしまった・・・・。
今年の半分を締めくくる月。
そんな考えは時間という概念の中に生息しているからこそ。
この時間という概念にとらわれていると、いろんな制限に遭ってしまう。
効率の良い方法を探す。
”*歳までにしておくこと”みたいなタイトルの本が売れるのは、そのためですよね。
お得感を得ようとする。
損をしないようにタイミングや状況を把握したり想定したりして頑張っちゃう。
*時までに**をするとか、*時間睡眠を取るとか・・・。
エイジレスとか、アンチエイジングなんて時間に負けないように頑張っているものだよね。
そういう観点で世の中を見渡したら、ばっかりではありませんか。
しかしどうあがこうと時間は存在していて、本当は人類の集合意識で作っているんだけど、
ともかく在るわけですよ。
肉体を持ったまま時間という概念にとらわれずに過ごすことを今年後半のテーマにしようと
今日一日中思っていました。
Thothにも聞いてみた。そして今度はアカシャにもそのことを尋ねてみよう。
数か月前から気になり始めたアカシャで聞こえる音・・・・・・。
昔教会で聴いたチャンティングに似た音。
懐かしい気もするし、知っているという感覚もどこかにあって、
でも凄く親しみ深いというものではない。
なんだか気になり始めてから、ただその音に浸るということを何度か試みているうちに
肉体に戻った後もこの音が聞けたらいいなぁと思うようになったので、再現してみようと
音を思い出しながら声に出した。
うん、なんかこんなかんじっていうところまでにはなったけど、アカシャで聞いた音は
一声ではなかったので、なんか物足りない。
サンプル的に何人かに聴いてもらって、その音を耳にしたときのフィーリングをインタビューしているうちに、閃いた
更に、かつて私が書いた作品を電話で読み、聞いてもらったときに友人がくれたコメントが
次なる閃きに繋がった。
アマテラスやニニギノミコト、龍神や福禄寿、弁天、ソロモン、サナトクマラ、Thoth・・・・・
彼らの波動を文章にして書きおろしてみようと。
今日歌を歌う友人にアマテラスから下ろした文章を聴いてもらったとき、もうそれらが全て仕上がっているというヴィジョンを見た。ウシシシ。
だけど同時に軽く脱力していた私がいた。ちょっとした残念さをともなう脱力感。
ホントに不思議だよね。
こんな堂々巡りゲームなんかとっととやめてしまって、さっさと覚醒したらいいじゃんって、
どこかイライラしている一方で、やなこったい、アタシはまだこのゲームで遊ぶんだもんねって
気づかないフリしてシカトしているアタシが頑張っている。
思うだけで叶うなんて、そんなのズルイじゃん!!って、セルフジャッジする声も聞こえる。
「働かざる者食うべからず」と幼いころ繰り返し耳にしてきた大好きな祖母の口癖が、
喜びの中に浸って、その喜びを世界に放射するということを阻止している。
同じ要素を持つ歌姫と「だよねー」って、「あたし達って、待てないからねぇ〜」って、
まだら覚知な状態を”ああ、私は生きている”と実感したくてスッタモンダしているフリしてる。
アタシ!!、ここは一つ、無駄な抵抗は止めようじゃないか。
アカシャの音に浸ってゆるゆるに緩んでしまおうじゃないか。
そこには、時間の制約がないから、大好きな”お得感”は無いけどね。
効率のよい方法も何の役にも立たないよ。
時間の在る世界と無い世界に片足ずつ突っ込んでいるのはもういいよね。
十分。そう、もう十分味わったじゃん。
なんだか今日は全てがスムースに流れていましたよ。
雲のように流れるって、こういうこと??ってかんじです。
思った通りに動けたし、時間にも余裕があった。
駐車場はちゃんと1台分空いていて、人でごった返していた公的機関でも
私が待ったのは3分くらい。待つのを覚悟して本持参だったのに、開くこともなかった。
呼吸すると身体全部の細胞を感じた。
遠い山から運ばれたみずみずしい空気の香りもした。
こういうことかなってかんじです。
雲のように流れるって思っても、私の身体は硬くなっていなかった。
最近アカシャに入ったとき聞こえるチャンティングのような音がずっと聞こえていた。
懐かしい、知っていると感じるいくつもの音が何層にも重なっていた。
Profile
Ray/関 加寿代
KNOWING Practitioner(叡智の実践者)、診療催眠療法士、スピリチュアルリーダー、ヒーラー、ボディーワーカー
ライター、イベントや企画のオーガナイザー ChannelAsoInc.代表
私は、あなたが分離の世界から目覚め
「なり得る自分」になるお手伝いをします。