葛藤を 手放すということは 簡単にいうと 恐れにとらわれないで
悩まず、自分の願いを まっすぐ みつめると いうことですか?
こんな質問を頂きました。
以前に書いた「恐れ」
を読んでの質問のようです。
葛藤を手放すということ=恐れにとらわれない
という方程式を摘要しないでね。
こうなのだ!!と、杓子定規に決め込んでしまうと、
こころの迷路の深いところに入って行ってしまうから。
そもそも葛藤を起こしているときって、意図や想いが明晰でないとき。
で、葛藤を起こすパターンはというと・・・
●AかBかどっちなの?
●Aは欲しいけど、Aを手に入れるときにもれなく付属しているBはいらない
●AもBも嫌なんだけど、どっちかを選択しなきゃならない
とかね。こんな感じで葛藤するわけです。
正しくあろうと(間違えたくない)して葛藤している
これまでの情報や経験則で物事をはかり、ジャッジするために葛藤している
批判と評論をしてしまい、不平不満が多くなって感謝を忘れて葛藤している
という風に言い換えることができる。
前途した「恐れ」というテーマで書いたときは、
葛藤を手放すことで、自動的に恐れなくなる
で、恐れていることにエネルギーを使わなくなるだけで、恐れそのものが
消えて無くなるわけじゃないよってお話しをしていたの。
で、この質問のように色々ひっからまってしまった場合は、分解してシンプルに
考えるといいですね。
例えば
葛藤を手放すということは 簡単にいうと 恐れにとらわれないで
悩まず、自分の願いを まっすぐ みつめる
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
「葛藤を手放すということ」は 簡単にいうと「 恐れにとらわれない」で
「悩まず」、「自分の願いを まっすぐ みつめる」
とまあ、こんな風にシンプルに分けると4つのことが混ざっているでしょう?
つまり、ややこしい嫌なことがあるのは解るんだけど、そういうことをスルーして
願いを叶えたいって思っているのではないかしら?
そうやって、自分が求めていること(もの)を明確にすると解決できちゃいますよ。
ありがとうございました。葛藤は願い事をかなわなくさせるいばらのようなものなんだなあと改めて感じました。
求めてるものを明確にすることをこれから実行していきます。今まで想像上の不安などにおおわれて求めてるものを考えることから目を背けようとしていたことにきずきました。
これからはもっと願うことを明確にします!
とりあえず今専業主婦生活で懸賞にこってるので活用してみまーす!