「捨てる」という行為

一昨年から去年にかけておおいに片付け、溢れるモノたちを手放していった。
単に捨てるだけでなく、モノを手に入れたときの自分を知る作業でもあった。それはもう修行のよう。持っていることは覚えていたし、何度も目にしていた。でも「忍法、見ない!の術」で、活かすことなく生活のスペースを占有し続けていることを容認していた。

便利だからとか、可愛いからとか・・・。いやいや、浅はかな腹黒い計算とかもあるわけで、そういう当時の「想い」を表すモノたちがそこに在って、それらと向き合うのは当時の自分の想いと向き合うことで・・・。何度も何度も乾いた溜息をついた。

一気にやろう!と思って始めたが、想像以上に手強い。
わけのわからない疲労感がハンパないし、凹むし、やけ酒を煽るしかない。
笑気功を差し込みながらも泣けてきたりした。

セッションにいらしているプロのアスリート選手に「大学時代の監督から本気で卒業しましょう!」なんて言った以上、自分が過去にしがみついているわけにはいかない。

今年再びお片づけモードのスイッチがONになった。
というか、なってしまった・・・・・。